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【人生の転機】東京での空白の4年間を埋めるために帯広へ

この記事を書いた人/産業能率大学 経営学部 経営学科 3年 宮下竜太 吉嶋樹哉
大学・学部/産業能率大学 経営学部経営学科3年

自己紹介

  宮下:多趣味で最近はカラオケや体を動かすことなどに没頭している大学生。パチンコのインターンや北海道でのインターンなど幅広いことに挑戦し様々な視点から物事をとらえられるようになりたいと思っている。
吉嶋:テレビゲームやボードゲームなど様々な種類のゲームを愛する大学3年生。最近は、麻雀に力を入れている。現在は、所属しているゼミで参加するビジネスコンテストでの入賞を目指し、企業や株について勉強中である。

志鎌さんについて

 北海道十勝・中札内村にある「フェーリエンドルフ」。青いそらの下、どこまでも広がる畑に囲まれた森、その中にあるグランピングリゾートである。この施設で企画総務・フロント部門 マネージャーとして働く志鎌さんは、「自分のいる場所(十勝)をもっと楽しく、もっと素晴らしい場所にしたい」と語る。

 志鎌さんは現在29歳で、もともとは東京にあるインターネットの広告代理店で広告営業の仕事をしていたが、2年前、結婚を機に北海道十勝へ移住してきた。札幌出身の志鎌さんは、北海道の自然の中で幼少期を過ごしてきたが、子育てを考えたとき、自分の子供にも北海道の自然の中で成長してもらいたいと考え移住を決断したという。

東京に来れば何者かになれると思っていた

 大学生までの志鎌さんは、東京に来れば何者かになれると考え、東京に憧れを持っていた。 しかし、東京で働き始めた志鎌さんが東京で出会ったのは、あまりにも多すぎる情報量。その東京の圧縮から生きづらさを感じ、「東京で感じていた楽しさや喜びを、年齢を重ねても同じように感じられることが難しいのではないか」と、東京への憧れは無くなっていた。 移住して2年が経つが、「不満なのは、飲んで家に帰れないことですね」と語るように、志鎌さんの十勝での暮らしは、電車やバスなどの公共交通機関の少ないということ以外満足しているように見える。
 東京では、情報量の多さから環境に流されてしまっていた志鎌さんだが、十勝では、「自分が環境に流されているという自覚と、その環境を積極的に利用しようという思考」を身につけたという。

自分が地域になじむのではなく、自分が地域を変えていく

 子育てをきっかけに2年前、東京から北海道の帯広に訪れた志鎌さんは困難に直面していた。東京から帯広へ移住したときに変化はあったのか聞いてみると、「移住したときは交通面や暮らしの面で東京とのギャップを感じてしまい、早く地域を好きになろう、なじもうと考えていた。」と答えた。しかし、実際に地域になじもうとするがうまくいかず、しんどかったと話していた。そこで志鎌さんは、自分を変え地域になじもうとするのではなく、地域を変えようと考えた。自分が好きだ、住みやすいと感じることができるような地域を創り上げることを目指したのだ。

十勝を経済面でも合理性のあるものにしたい

 移住する際に何を重視するか、経済面や子育てのしやすさ、自然が豊かなど様々なものが挙げられる。首都圏と地方を比較するとやはり経済面では首都圏に分があり、経済面を重視してしまうと移住するという選択肢はなくなってしまう。

 そこで志鎌さんは“十勝を経済面でも合理性のあるものにしたい“という目標を掲げていた。帯広に移住し、仕事をインターネットやハローワークで探したところ、この目標とマッチした株式会社そらに出会い、SNSで直接コンタクトをとり入社した。

「これは私個人でどうこう出来る問題ではないが、十勝が持つポテンシャルを活かして日本全体や海外の市場を対象とする経済圏を生み出すことで,首都圏並みの給与水準の雇用を生み出せれば、結果的に首都圏に比べて固定費や生活コストが低い十勝で働く・生活する経済的な合理性は高められると考えている。そして、株式会社そらは十勝のポテンシャルを最大限に活かして『十勝にあったらいいな』を作り、十勝に人とお金を呼び込むことをミッションにしている」と答えた。

 志鎌さんの「十勝を経済面で合理性のあるものにしたいという考え方」と株式会社そらの「十勝に人とお金を呼び込む」というミッションが合致しており、株式会社そらで働くこととなった。 2年前に入社したにもかかわらずグランピングリゾートフェーリエンドルフの企画総務・フロント部門マネージャーを務めていることから、目標に対して行動で示しているため経済面で合理性のあるものにしたいという気持ちが伝わってくる。実際にマネージャーとしてフェーリエンドルフの管理・運営や目標達成に向けたマネジメントを従業員に対して行っていた。

やりたいことを見つけるためには東京ではなく帯広で

 帯広では東京と比べて「クリエイター」の絶対数が少ないため、競合相手が少ないからこそクリエイターの立場にならなければ地域が発展していかないのである。そこで志鎌さんはその環境を活かして誰でもクリエイターになれる帯広で目標を実現しようとしており、東京では何者かになれなかったが、帯広では自分が環境に流されているという自覚と、その環境を積極的に利用しようという思考を見つけることができたと話している。また、今の仕事を通じて実現したいことを尋ねると、自分のいる場所をもっと楽しく、もっと素晴らしい場所にしたいと答えた。自分が地域になじむだけでは地域自体を変えることはできないが、地域を変えようとする目標を持つことでこのような考え方を持つことができるのである。

 志鎌さんは帯広で仕事をすることによって、東京にいるときは考えられなかったクリエイターという立場になる機会がたくさんあると話していた。東京で働いているときは自分で何かを0から始めようとすることは同じような境遇の人が多いことや市場が飽和していることなどから非常に困難であるため、そのような機会に携わることは数少ない。しかし、帯広では新規の市場を開拓することができるため、「0から何かを創り出す」という機会が多く、クリエイターの立場になりやすいのである。

 実際にフェーリエンドルフの空き地に子供が楽しめるようなスペースを設けることや、お客さんの誕生日にケーキをサービス出来ないかなど様々なことを従業員が企画提案している。このような点も志鎌さんの考え方と合致しており、何者かになりたかったため東京に上京したが、周りと同じようなことをして過ごしていた。帯広に来たことで、「0から何かを創り出す」という機会を得て、何者かになりたかったという目的を達成するための「方法」に巡り合うことができたのである。

INTERVIEW LIST

File01.「えぇ、帯広か。」ため息から興味へ変わった瞬間
File02.東京の総務省で6年間働いてた女性が道民になりました。
File03.「十勝」ってすごいんです! ―女子大生の人生を変えた十勝での7日間―
File05.ないものねだりの終着点
File06.『二つ返事で北海道!?私たちが聞いた副社長林さんのかっこいい話』

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